アファンタジアについて
目次
定義
アファンタジア(英: aphantasia)とは、目が覚めている状態の時に意図的に頭の中(=心の中)で視覚的な像を思い描くことができない特性のこと。
「ビーチを想像して」と言われると、私はビーチという「概念」について考え込みます。
砂があることは知っています。水があることも知っています。太陽があり、たぶんライフガードもいると知っています。
ビーチについての事実は知っています。見ればそれがビーチだと分かりますし、「ビーチ」という言葉を使って色々な言葉を操ることもできます。
しかし、これまで訪れたビーチがパッと頭に浮かぶことはありません。
視覚や聴覚、感情などを通じて、そのビーチを思い出す感覚もありません。
目を閉じていても開けていても、本でその言葉を読んでいても、何時間もビーチについて考え続けていても、あるいは実際にビーチに立っていても、ビーチの像を頭の中に作り出すことは全くできません。
しかも、私はマイアミ育ちにもかかわらずです。
(ブレイク・ロス(Blake Ross) が2016年4月にFacebookに投稿したエッセイより)
- ※視覚的な特性のみを挙げられることが多いが、アファンタジアの人の中には視覚だけでなく、他の感覚(聴覚、嗅覚、味覚、触覚)も意図的に頭の中で思い浮かべることができない人もいる。
- なお、当記事では視覚的な特性を中心に解説していく。
- アファンタジアの人が想像している時の頭の中の図は、Redditに投稿されたこの画像がわかりやすい。
スペクトラム状の度合い
人間には、「頭の中で視覚的な像をどれくらい鮮明に描けるか」というスペクトラム状の度合いがある。アファンタジアであるということは、その度合いが0に近いということである。
- ※スペクトラム(=連続体)とは、例えば虹の色が 赤→橙→黄→緑→青→藍→紫 と並んでいるように、状態が徐々に移り変わっていく並びのこと。
- ※フランス語版Wikipediaによると、アファンタジアは「心的イメージのスペクトラム症(仏: affection du spectre de l'imagerie mentale)」とも呼ばれるらしい。
大まかな区分
頭の中で視覚的な像をどれくらい鮮明に描けるかの度合いによって、特性を大まかに区分することができる。
- ハイパーファンタジア(英: hyperphantasia)
思い通りに、細部まで非常に鮮明で没入感のある像を思い描くことができる。記憶を頭の中で追体験しているように感じることもある。 - ファンタジア(英: phantasia)
最も一般的。実用的な程度の鮮明さで、思い通りに像を思い描くことができる。 - ハイポファンタジア(英: hypophantasia)
像を思い描くことはできるが、ぼんやりしていたり、色が無かったり、ほんの一瞬しか現れなかったりする。 - アファンタジア(英: aphantasia)
意図的に像を思い描くことが全くできない。
簡単な診断
確実な方法ではないが、以下の手順で自分がどの区分に属するかを大まかに診断することができる。
- 赤いリンゴ(または赤い星の形)を想像する。
- それを頭の中でどれくらい鮮明に思い描けたかを、1〜5段階で評価する。
(1...写真のように鮮明に思い描くことができた。5...全く思い描くことができなかった。) - 1に該当すれば「ハイパーファンタジア」、2と3に該当すれば「ファンタジア」、4に該当すれば「ハイポファンタジア」、5に該当すれば「アファンタジア」。
※この診断方法は2020年にRedditで広まったものである。
歴史
アファンタジアの特性は、1880年にイギリスの心理学者フランシス・ゴルトン(Francis Galton)によって初めて記述された。しかし、2010年代までこの特性についてはほとんど研究が進んでいなかった。2015年、イギリスのエクセター大学の神経学者アダム・ゼマン(Adam Zeman)教授らの研究チームが論文を発表したことで、この特性について再び世間の関心が高まった。なお、この特性を「アファンタジア」と名付けたのもゼマン教授らのチームである。
有病率
ビル・フォー(Bill Faw)とアダム・ゼマンらの研究によると、生まれつきアファンタジアの人の数は世界人口の約2~3%と推定されている。
アファンタジアによる影響
想像力への影響
頭の中で視覚的な像を思い描くことは、空想や創造性に重要な役割を果たすと考えられている。そのため、アファンタジアの人は一般の人よりも空想や創造性を発揮し辛いか、あるいは代替手段を用いて発揮していると思われる。
記憶の定着のしづらさ
また、頭の中で視覚的な像を思い描くことは、記憶の定着にも重要な役割を果たすと考えられている。アファンタジアの人は、自伝的記憶の鮮明さ・細部・感情的な強さなどが薄れていることがある。
- 自伝的記憶(英: autobiographical memory)とは、自分自身が経験した出来事の中で、非常に重要であると位置付けられている出来事に関する記憶のこと。その人が誰であり、どのような人間であるかを決定する。
- 自伝のように、自分自身にとって重要な出来事が並んで記述されているようなイメージから「自伝的記憶」と呼ばれる。
具体的思考力は低いが、抽象的思考力は高い
具体的思考とは、直接観察できるものや感覚を通じて経験したことを捉え、それをありのままに解釈する思考のこと。抽象的思考とは、ものごとをより深く考え、一般的な特徴を見出したり分類したりする思考のこと。アファンタジアの人は、具体的思考力が低く、抽象的思考力が高い傾向がある。
- ものごとに対する無意識の偏見(特に過去の経験や文化的背景によるもの)が少なく、広い視野でものごとを捉えやすい。
- ものごとの「細部」よりも「本質」に、「個別的な特徴」よりも「普遍的な特徴」に焦点を当てようとする傾向がある。
- 無数の概念の中から、点と点を結ぶように関連性を見出すことにおいて力を発揮し、しばしば新たな洞察や解決策を生み出すことがある。
- 感情の深みや創造性が必要な分野よりも、科学・数学の分野で働く傾向がある。
その他の具体的な影響
- 顔の認識が困難
自閉スペクトラム症(ASD)によく見られる症状であり、それと関連している場合もある。 - 道に迷いやすい
以前に見た場所でも見覚えがなく、地図や景色を頭の中に思い描くこともできないため。 - 内向的な性格
一般の人よりも内向的な傾向があるとの報告がある。また、ハイパーファンタジアの人は一般の人よりも外向的な傾向があるとの報告もある。
代替手段
アファンタジアの人は視覚的な像を頭の中で思い描くことができない。しかし、それ以外の能力や手段によって補うことで、問題なく生活を送ることができる。
言語情報を使う
アファンタジアの人は、ものの色や形といった情報を視覚的に頭の中で思い描くことができない。しかし、色や形を言語情報(または記号情報)として思い浮かべたり思い出したりすることは可能である。
- 例えば、リンゴの視覚的な像を頭の中に思い描くことができなくても、「リンゴ」という言語情報を思い浮かべることはできる。
- その「リンゴ」という言語情報には、「赤い色」「球体で少しくぼんだ形」といった様々な別の言語情報が含まれているため、言語情報から別の言語情報を連想させることもできる。
- それらの言語情報を使うことで、リンゴの絵を描くこともできる。
空間情報を使う
意外なことに、アファンタジアの人でも物の空間情報(位置や向きなど)は思い浮かべたり思い出したりすることが可能である。
- 例えば、自分の部屋の内装を頭の中で視覚的に思い描くことができなくても、「どの家具がどの位置にあるか」を思い浮かべたり思い出したりすることはできる。
- しかも、アファンタジアの人が想像したり思い出したりする空間情報は精度が高い傾向がある。
- 例えば、現実の空間上に存在しなかったものを「存在する」と誤って記憶しているというようなことが少ない。
- これは、言語情報を絡めて記憶しているからかもしれない。
- 上の画像は、2つのブロックが同じ形であるかどうかを考えて判定させるテスト。このようなテストは、アファンタジアの人でもそれほど苦労せずに答えることができる。
とにかく現実に排出する
視覚的な像を頭の中で思い描くことができないのであれば、頭の中で想像しようとせず、現実にあるものを利用してしまえばよいという発想。
- 例えば、考えを深めたい場合は、頭の中にあるぼんやりした情報を紙に書き殴るなどして、とにかく現実に排出する。そうすることで考えを深めやすくする。
- その排出した情報について考える時も、紙に書き出すなどして現実に排出しながら考えていく。
実践的な対策
これらは、アファンタジアの人に向いている実践的なやり方である。
メモ・写真・動画をデータベース化し、記憶の補助にする
メモや写真や動画は情報を残しておく手段として有効である。ただし、情報を思い出すにはそれらを見返す必要がある。なので、見返しやすくするためにデータベース化をする。
- 例えば、写真を入れるアルバムを作ったり、メモを保存するためのクリアファイルや非公開のブログを作ったり、アプリケーションでメモ・写真・動画を管理するなど。
- アファンタジアの人は、大量の写真や動画を撮影する傾向がある。
とにかく紙に書き出し、自らフィードバックを繰り返して考えを深める
考えを深めたり整理したりする時のやり方。
- まず最初に、頭の中にあるぼんやりした情報をとにかく紙に書き出す。
- 「書き出した情報から自らフィードバックを得て考えを紙に書き出す→さらに書き出した考えから自らフィードバックを得てまた考えを紙に書き出す...」という風に、紙に書き出すこととフィードバックを繰り返すことで考えを深めていく。
絵を描き始める時、とりあえずキャンバスに何かを描く
頭の中で描きたい絵を想像する過程を、現実のキャンバスで代用するやり方。
- まず最初に、頭の中のぼんやりした情報(言語情報)の数々を、とにかくキャンバス上に絵にして描きまくる。
- そして何となく「思い描きたかった絵」に近いと感じるものが出てきたら、それをベースにフィードバックと描き直しを繰り返していく。
- つまり、「描いた絵から自らフィードバックを得て考えながら描き直す→さらにその描き直した絵から自らフィードバックを得てまた考えながら描き直す...」ということを繰り返していく。
現実の資料を見て書き写し(または描き写し)、アイデアを練る
資料を参考にしてアイデアを練る時。特に視覚的な資料を参考にする時。
- 本、写真、模型、Webサイト、画像検索、鏡、あるいは実物など、参考になりそうな現実のあらゆるものを参考資料とし、それらを見ながら情報や特徴を書き写す、あるいは描き写していく。
- 書き写していく内にアイデアが得られたら、それを取り入れて先述のフィードバックと書き出し(あるいは描き直し)を繰り返し、アイデアを練っていく。
絵を描く時、「抽象的思考力」「言語情報」「空間情報」を応用する
頭の中で視覚的な像を思い描くことができないのは、絵を描く上では不利である。なので、アファンタジアの人が得意とする 「抽象的思考力」「言語情報」「空間情報」を使って補う。
- ものの科学的な性質を理解しておく。
例えば、重力によって布がどう垂れ下がるか、光と色の仕組み、人体の基本的な解剖学的特性などを調べて学習し、(言語情報で)理解しておく。 - 視覚的な資料を観察し、特徴や構造を言語情報にするよう努める。
見たものを見たまま描き写すことは難しい上に、ものに対する理解も深まらないため。 - 今自分が描いている絵と、知っている言語情報を照らし合わせる。
照らし合わせた結果、絵に間違いがあると判断したら修正していく。 - ものの周囲などの「空間」に注目する。
ものの形は、周囲に「空間」があるからこそ成り立っていると考えることもできる。「空間」にあえて注目することで、ものの形を捉える手がかりや、ものの位置・大きさ・回転を比較するための尺度が得やすくなる。
睡眠中に見る夢
アファンタジアでも大半の人は、睡眠中に視覚的な映像を伴う夢を見ることができる。睡眠中に見る夢のように意図せず(=自動的に)頭の中に生じる視覚的な像と、意図して思い浮かべる視覚的な像は、神経学的に別物のようである。
アファンタジアの著名人
- エドウィン・キャットマル(Edwin Catmull)
アメリカのコンピューター科学者、アニメーター。ピクサーの共同創設者の一人であり、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの元社長。『トイ・ストーリー』の製作総指揮を務めた。 - オルダス・ハクスリー(Aldous Huxley)
イギリスの作家、哲学者。ディストピア小説『すばらしい新世界』が有名。存命時は「アファンタジア」という言葉が存在していなかったが、自伝的作品『知覚の扉』の中で生涯に渡って視覚的な想像力がほとんど欠如していたことを記述している。 - グレン・キーン(Glen Keane)
アメリカのアニメーター、映画監督。『リトル・マーメイド』のアリエル、『美女と野獣』の野獣をデザインした。 - ジョナサン・ブロウ(Jonathan Blow)
アメリカのゲームデザイナー、プログラマー。『Braid』と『The Witness』の制作者。 - ブレイク・ロス(Blake Ross)
アメリカのソフトウェアエンジニア。ウェブブラウザ Firefox の共同開発者の一人。2016年4月、自身のアファンタジアの特性について述べたエッセイをFacebook上に投稿した。
PDF化された投稿のリンク
参考リンク
- Aphantasia - Wikipedia(en)
- Aphantasie - Wikipédia(fr)
- The art of Aphantasia: how 'mind blind' artists create without being able to visualise
- Quantifying Aphantasia through drawing: Those without visual imagery show deficits in object but not spatial memory - PMC
- The Power of Abstract Thinking in Aphantasia | Aphantasia Network


